北瑠美さん:演奏の引き出しが増えたバイオリン留学
オーケストラで活躍するバイオリン奏者の北瑠美さん。
半年間ライプツィヒでバイオリンの先生にレッスンを受けながら語学学校と両立の留学をされました。
日本でのお仕事と留学を決めた理由
松本:奨学金でのご留学ですが今回の留学の経緯を教えていただけますか?
北 :私はオーケストラの団員としてバイオリンを弾いています。オーケストラ奏者育成のための音楽祭を通じて、海外派遣制度に応募し、今回留学をさせていただけることになりました。
松本:オーケストラの団員の方に初めてお会いしました!
北 :22歳で初めて以前勤めていたオーケストラに入団し、その後、今のオーケストラには27歳で入団したので、オーケストラ生活をはじめて10年ほどになります。幼いころから海外へ行くことに興味はあったのですが、家族と離れることに不安があったり、就職活動などで、なかなか現実的に考える機会がありませんでした。
日々ヨーロッパの音楽に触れ、それをお客様の前で演奏するにあたって、やはり本場に行って勉強したいという気持ちが強くなりました。
バイオリンと語学学校の両立に苦労
松本:留学中バイオリンは何時間くらい練習しているんですか?
北 :平日は2時間くらい、学校が休みの日は4-5時間です。毎日語学学校の宿題をすべてやりながら楽器の練習をするのはなかなか大変でした。わからないところを調べたりするのには時間がかかりましたね。午前中の授業でエネルギーを使い果たして帰ってくる日も多かったです。
バイオリンの先生の大学のクラスの発表会に出させていただける機会が何度かあったのですが、やはりお客様や同じクラスの生徒さんに聴いていただくということが励みになるので、コンサートの前は、平日でも夜遅くまで練習していました。
これは後から思ったことですが、ドイツ語が日本で予めA2レベルくらいまで準備できていれば、もう少しいろんなことをスムーズに運べたかなと思います。私はこの留学の機会がなかったらドイツ語に本気で取り組むきっかけもなかったですし今回の留学は本当に良かったと思っていますが、先生のおっしゃることを理解できる能力が高ければ高いほど、音楽に集中できる時間が増えますよね。
語学学校に通ってみて気づいたこと
北 :日本での社会的な立場などは全く関係なく個人の自分として語学学校に通って、10代や20代の若い学生さんたちとも名前で呼び合うというのはとても新鮮でした。
面白いなと感じたのが、語学学校ではみんなドイツ語の初心者な訳ですけれど、母国語での経験値は何十年分もあるということ。こんなシチュエーションの時人はこんな気持ちになる、ということはそれぞれの言葉で理解している。だから違う国のクラスメイト同士でも、「あ、今きっとこの子はこんなことが言いたいんだろうな」と想像することができる。
それが通じた時の嬉しさはとても大きいです。これまで日本人として学校で学び、バイオリンを学び、社会で生活するということを経験をしてきた自分があるからこそ、今それが役に立つといいますか。
母国語でここまでの経験をしているっていうのはすごいことなんだなと感じました。意識しなくても日本語が話せるようになっていて、それってすごい財産なんだなと。
社会人を経験したうえでの留学は学生のときの留学とは別の意味がある
北 :大学在学中や、卒業してすぐ留学される方のほうが多いと思いますが、しばらく日本でお仕事をして、分からないことが出てきたうえで海外へというのはまたちょっと見えるものが違うように感じています。
松本:そうですよね。大学生で来るのと社会人経験して留学するのでは見えるものが違いますよね。
北 :学生のころから、海外にはとても興味があったのですが、学校を出たらまずは自分の力で働いてみたいという気持ちが強かったので、留学よりも先に就職活動を優先しました。
実際にオーケストラで働いてみて、ヨーロッパの作曲家が作った曲を演奏する機会がほとんどなのですが、次第に、現地ではどんな風に演奏するのかな?とか、やはり言葉が違うと音楽のフレーズの感じ方なども大きく違うのでは?など、いろいろな疑問が出てきました。留学経験のある友人の話などを聞いていると、やはり実際に自分がそこに身を置いてみないと感じられないことがあるような気がしてきました。
松本:憧れを叶えらえるいいタイミングだったんですね。
北 :そうですね。私の場合は、大学生の時に留学するよりも良かったのかなという気がしています。先ほどの語学学校のことと似ていて、日本語のオーケストラでの生活経験や人と関わった経験、失敗があるからこそ、ドイツに来て得るものも大きいような気がします。
先生から伝統の技を教わるバイオリンレッスン
松本:今レッスンを受けているのはソロの曲なんですか?
北 :そうです。そしてオケの曲もレッスンしていただいています。
バイオリンの弓の動きをボーイング(弓のことをbowといいます)というのですが、オーケストラの楽譜にはどのようなボーイングで演奏するかが書かれています。それはそれぞれのオーケストラによって少しずつ違っています。
私の所属するオーケストラのものと、先生のオーケストラのものを見比べて、その違いについて解説していただいたりするのは、とても勉強になります。どうしてこのボーイングがつけられているかということについて、先生は言葉で説明するのが得意な方なので、話を聞いているだけで勉強になりますね。
松本:それを日本に持ち帰って所属されているオーケストラ全体に反映できるんですね。
北 :そうですね。ただ書いてあることを演奏するだけではなく、どうしてこう書いてあるんだろう、という視点から考えることで、そのボーイングが一番生かされる演奏方法を考えることができるようになると思います。
先生は、もともとその曲がどう書かれていたのか資料を集めるところからとても大切なことだと教えてくださいました。この曲の場合はこの出版社の楽譜を使うのがいいよと具体的にアドバイスをいただいたりしました。
自分で曲を組み立てていく過程で、一般的にはこのように弾かれているから自分もそうするというのではなく、作曲家の意図をくみ取りながら、自分の考えを構築する作業といいますか。これまではそんな風に考えていなかったので、カルチャーショックでした。
留学中に見えてきたこれまでの理想とは違った演奏スタイル
松本:北さんは好きな作曲家はいるんですか?
北 :そうですね、作曲家ごとにとても個性が様々なので難しいですが、最終的にはいつも今練習している曲に夢中になっています。今はバッハの無伴奏ソナタというバイオリン1本で弾くソナタとベートーベンのコンチェルトに取り組んでいます。
松本:バッハの街(ライプツィヒ)でバッハを習うってどんな感じですか?
北 :先生はバッハについてだれよりも詳しい方なんです!!
私はこれまで普段練習するときには色んな演奏家の演奏を聴いて、ここはこういう風に弾かれているなというように参考にしていくことが多かったのですが、そうすると先生には「どうしてそうするの?もともと書いてあることと照らし合わせたらそうはしてほしくなかったと思うよ」というようなことを言われます。
誰かの真似をするのではなくて、バッハがどんなことを伝えようとしていたのかを考えて弾くことを大切にされています。
例えば、バッハがもともと書いているスラーがあるのに、たくさんの音を長いスラーにするのが大変な時があるので、途中で区切ることがあるんです。でも先生は「そこで区切ったら演奏するのは簡単になるけれど、そうでない難しさ、我慢する感覚こそが、バッハが求めていたものだと思うよ。」と仰います。
また、全体を俯瞰してみるということも教えていただいたように思います。建物を建てる時のように、部分的な面ばかりを気にするのではなく全体をどう構築するかを考えるほうが先、という感じでしょうか。
自分は今まで、どの面から見ても魅力的に見えるようにしたいと思っていたように思います。でも、それだと逆に不自然になってしまう。どんな窓にしよう、とか、どんなドアにしよう、とか。それよりもまず、どんなスタイルの建物にするのか、どんな形にするのか、それを考えた上で、細かい部分が決まっていくわけですよね。
松本:同じドイツの作曲家でもベートーベンなどとは扱い方が違うんですか?
北 :先生の基本的な考え方はバッハに対するものと似ているように思いますが、ベートーベンの方が時代が新しく、新しい作曲技法なども入ってくるので、バッハの時代から見たら革新的ですね。
松本:半年で自分の演奏が変わりましたか?
北 :そう思いますね。これまでよりも引き出しが増えたように思います。
松本:それは帰ってからの周りの反応が楽しみですね!
北 :そうですね。今までは、自分の中にある少ない知識の中から、曲に対して向き合ってきましたが、それでは全然足りていなかったですね。ほかの方とアンサンブルをしたり、オーケストラで演奏したりしていて、その曲に対する自分の理解の仕方が、少しちがっているのかな、と思うことがありました。でも、どんな勉強をすれば正しい方向に理解が深まるのかということは、なかなかわかりませんでした。
松本:もやもやしていたものの突破口にはなりましたか?
北:そうですね。日本にいるときは目の前にあるコンサートのことで頭がいっぱいでそういうことをゆっくり考える時間も、精神的な余裕もなかったので、ドイツでゆっくりと考える時間を頂けたのは本当に良かったと思います。